読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日経ウーマンから落ちこぼれたが、私は自分の能力で稼いで好きな事をやりたい。

逃げろ、そして生き延びろ - インターネットの備忘録
ちょうど話題になってたブログ読んで、今考えてたことに繋がるので書きます。まとまらないなりに。
この方はWeb系のベンチャーで働いてたらしい。既婚で子供はいないみたい。30代前半かな?

Webサイゾーの記事。
自称クリエイター女子赤面必至!? 蜷川実花になるためのコスプレ読本 | サイゾーウーマン

蜷川実花は、いつも仮装した蜷川幸雄みたいに見える、とてもおしゃれな写真家である。」

この一文がライターさんは気に入ってそうな気がする(笑)

蜷川実花さんの本はちょうど本屋で見かけてちょっと読んだ。蜷川さんみたいになれないと思う(笑)詳しくは知らないけど、だって世界の蜷川の娘だよ。そんじょそこらのサブカル女子とは一線を画している。
私と同じ歳である。二回離婚して息子がいるらしく、本には子育て論みたいなのも書いてあった。
シングルマザーにはなりたくはないが、自分の能力で稼いでいるのはすごいと思う。
私は自分で稼げるようになりたいと、学生の頃から思っていた。
結婚するしないに関わらず、子供がいるいないに関わらず、自分の能力で稼いで、成長して収入を伸ばしたいと思っていた。
でも賢くないので大学には受からず、就職氷河期の始まりで最初からコケたが。

自分の稼ぎで好きなものを買って、好きなライブに行きたかった。埼玉の中小企業に就職して月収手取り10万そこそこの安い給料で長時間働かされて、それでも自分の稼ぎで好きなものを買えるのが嬉しかった。少ないながら貯金も始めて、積み重ねで少しづつ増えていくのが嬉しかった。
会社がヤバイ(経営が)と思って逃げて東京に出て派遣をして、埼玉の実家から遠くまで通ってあちこちの会社で嫌な思いをしたが、DTPオペレーターとして自分のスキルで稼げることは自信に繋がった。
その経験から再就職できたのが前の会社。少ないながらもボーナスも出て貯蓄もできるようになった。一人暮らしできるだけの収入を得て、家を出るのが目標だった。

25歳でたまたま結婚できたので、よく「日経ウーマン」などを読んで、収入と人生を考えるようになった。夫の収入で扶養にならず、自分で稼ぎたかった。その頃から「カツマー(※その頃はまだカツマーと言われてなかったが)」とか「ミリオネーゼ」とか話題になるようになり、女経営者とか出世に憧れるようになった。
自費でDTPエキスパートとか、Mac技術者の資格を取った。
少しだけ収入は上がったけど、不景気などで6,7年経つころには月収は上がらなくなり、ボーナスは減った。
人員は減らされて、仕事量は減っても、設備投資できないので仕事内容の過酷度が上がる。顧客の要望がすさんでくる。きつくなる。社内のセキュリティが厳しくなり余裕がなくなっていった。
中小企業だからなのか、女性だからなのか部署移動がなく同じ仕事を何年も続けていて、閉塞感から脱したいと試行錯誤するが打開できなかった。
産休復帰後に1年間、出来る限り仕事に全力で打ち込んでそれでも打開できなかったら、この会社で働くのは子供が小学校入学までにしようと思った。
結果、進展できなかったので保育園卒業までにしよう(6年後)と思い、適当にやろうと思ったのだが、自分が適当にやる要領が悪いのか、会社の管理の厳しさが上がったからなのか、うまくやることができなかった。
別に私は完璧主義者でもなくて、面倒くさがりで適当にやるので、自分が許せないなんて気持ちは無かったのだが。
ぶっちゃけ言うと、電話サポートの仕事だったので、対応時間を全部システムで取られるようになったため、休憩時間や離席時間が他の人より長いとバレるのだ。顧客との電話対応も全部録音で取られるようになって、定期的に上司にチェックされる。入社した時はそんなシステムなんてなくてただのオフィス電話だったのだが。
夜中まで残業させられる仕事ではないし、ほぼ定時にあがれるし残業も月に1、2度の会議ぐらいで、有給は取りやすく、子供が急病の時はすぐに帰してもらえるし、理解がある会社でした。
だが去年末に会社の方針で、売り上げが上がらないだかの理由で電話対応時間を夜間まで延長しろと指示された。片手しかいない人数でだ。いくら件数が落ちたとはいえ。
もとから時短勤務は1歳になるまでで、それ以降の制度はなかった。せめて夜間対応だけは私はできないと頼んだが、他の社員と同じで特別扱いはできないと認められなかった。子供のいる女性は私だけだった。
夜間では離れた実家から両親にお迎えを頼むしかなく、ストレスや疲労などで体のあちこちが不調をきたしていた。ライブに行かなきゃまだ疲労してなかったのかもしれないが、ストレス解消で何より一番の楽しみだったので辞められず、飲んだり食べたりして太ったのも悪循環だったように思う。
そこまでしてやりたいと思う仕事ではなかったし、子供がいる女性が転職するには、今以上の条件は難しい。予定を前倒しして正社員を辞めることにした。

出世もとうに諦めて、フルタイムの会社員も諦めてしまった。落ちこぼれだ。
こうなるはずではなかったのに。
会社を辞めようと思った頃から、ネットメディアなどで「ノマド」だの「ニート」だの「年収100万円」などの話題が出て気にするようになった。
保育園を出されない為には2ヶ月で再就職しなければならず、苦労したがギリギリでパート仕事に受かった。
これまでのキャリアはほとんど関係なかった。もうDTPはやりたくなかったし、DTPのほうが給料は良いのだが結局印刷会社や広告代理店は受からなかった。
保育園の延長保育はかからないように、なるべく近隣で間に合う仕事を希望した。週休3,4日で働くことになった。
DTPのために、4月にCanonの一眼レフカメラを買って、写真を勉強しようと思った。仕事もカメラを扱うお店になった。人間関係を一からきづくのは、この歳になってからはしんどいものがあるが、たまたま運良く今のところ問題はないです。

オーケンが44歳からギターを始めて、弾き語りライブを目標に練習を続けて、2年経った今はあちこちで一人弾き語りライブをやっている事は凄いと思う。オーケンがギターを習得しようと思ったのは、とてもオーケンに適していると私は思った。既に多くの持ち歌があり、ステージに立つのはベテランだ。それで弾き語りができれば、演奏を他のプロミュージシャンに頼む必要がなく、様々な経費がかからない。50歳60歳になっても、ロックを楽しむことが出来て収入に繋がる。

私は一時期、カツマーに影響を受けて(笑)英語や会計を勉強しようと本を買ったが、全くできずに挫折してしまった。
もう来年すぐには40歳になるが、これから何かを始めようというのは勇気や根気がいて難しいように思う。できれば挫折せず、これまでの経験や環境を生かせて、いつかは収入に結びつくような能力を付けたいと思うので、私がギターやマラソンを始めるのは何の役にも立てず挫折しそうだが、じゃあカメラだったらまだいけるのでは?と思った。夫がカメラマンなので(専業ではないが)何か分からないことは聞けるし。全然まだ何の光明もみいだせないし、アイデアも浮かばないが。金ばかりかかりそうだが。
去年ダイエットを始めて1年少しで9kg減らせることができたので、この根気をカメラでも少しづつの積み重ねで何か見いだせるかもしれないと思います。

今のパート仕事で入る収入は会社員時代の半分以下になってしまった。正直それだけが辛いです。想像以上に衝撃だった(笑)
月間の支出を把握することから始めたら、ゆうに破綻してしまう。年金と税金払って、住宅ローンの一部と食費とか取ったらなくなってしまうので、貯金ができない。これまでの貯蓄があっても前のペースで使ってたら数年で破産してしまうかもしれない。一人の収入では夫だけでもギリギリになるし私だけでは暮らしていけない。好きなことができないぐらい収入が無いと、最低限食えるだけでは辛いことが分かった。
年金もあてにならない時代だし、税金は増えるし、子育てにかかる費用もどんどん増えていく。
私のこれからの目標は、長時間仕事ではない方法で収入を増やして、自分の能力で50歳、60歳を超えても稼げるようになること。私の生まれた東京に住みつづけることです。
収入が少なくても生活をシンプルにして、無駄な支出をしないで家族が健康に暮らせることです。
副収入ができるといいのだけど、まだ何にもできない。最近は月に10万以上稼ぐプロブロガーなんているけど、私はブログでは月に10円20円ぐらいのもので、サーバ代が稼げればいいかなぐらいです。

なので、今はライブにかかる費用を前よりも減らすしかありません。
ブランドの服も買えなくなりました。母がしまむらとか安いお店で買ってくるのを貰えるので間に合います。
ランチは外食せずお弁当で、飲み物も買わず家から持っていく水だけです。
化粧品も最低限のもので、ネイルやエステは当然できない。おしゃれは元々苦手なのでいいのだけど、ちょっとみじめな気持ちになるけれど。
本やCDを買うのも極力やめてます。ものをなるべく増やさずに整理して、売れそうなものをオークションや中古ショップなどに売っています。会社員時代にはそういう時間が取れなかったので、土日どちらか出勤になったが平日が休めるので出来るようになりました。ライブには基本土日しか行けないけれど、どうしても行きたい日が平日でも実家に帰れば行けます。スケジュールが立てやすくなりました。

筋少は私には欠かせないので削れませんが、それ以外はペースを落として我慢します。不満がたまりすぎないぐらいに(笑)
甘いものや美味しいものを食べるのも好きなので、我慢しすぎずライブの前後や休日の一人の時間でたまに楽しんでいます。
今は筋少メンバーはオーケンだけでなく全員も、周りのミュージシャンも1つのバンドだけでなく複数やっていますね。それと似たように、1つの会社だけが収入源ではなく、収入や居場所を複数持てるようになりたいです。

以前読んだ西原理恵子さんのインタビューが、目指したいと思うところです。西原さんの作品は詳しくはないけれど、稼ぐ事に対する考え方は共感できました。
西原理恵子:働かないという選択肢はない。今も大バクチの最中 | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

お金って多くあっても、買いたいものの価値とか、世界と日本の景気に左右されるので、物価が上がったら意味ないですね。数年前にドルを買ったのが円高だと思ったら、今やもっと円高になっちゃってるし(苦笑)
もし生活保護でお金をもらっても、お金の使い方が間違ってたら生きていかれなくなってしまうと思う。だから、お金をうまく扱う知識が必要だろうなーと思います。

広告を非表示にする