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所詮「お仕事」でやってるだけかもよ

タイトルは「林檎もぎれビーム!」(詩:大槻ケンヂ)より。

10年ほど前に恵比寿で働いていた。当時よく仕事帰りに恵比寿駅の書店のビジネス書を立ち読みしていた。
女性経営者とか、女性が年収1000万稼ぐとかそういうの。
稼ぐ女性には憧れたが、だいたいは一度体壊してて、子供生んでから離婚したけど、一段と飛躍してハッピーですみたいなの。
それはちょっとなぁ…と思った。

今日、久しぶりに同じ書店に行ってみて、「STORY」とか手帳活用の本など立ち読みしたついでに、目についた本を取ってみたいが、成功しただの女性経営者だのはだいたい10年前に見た内容とそう変わっていない。
ついでに、40代の女性が幸せに過ごすための本みたいなテーマの本など見てみたが、40代女性が抑えておきたい映画、音楽ガイドとかあって、「YMOは一般教養」「まずはゴダール」とかいうの(笑)

最近読んだブログ記事の中で気になったものをピックアップ。

「そんなの知らないよ」と彼女は - デマこいてんじゃねえ!

「どうやって生きていけばいいだろう」と彼は言った。「学歴もなければ大した職歴もない、ぼくらのような人間はどうやって生き残ればいいだろう」

現代の若者が働くことについての不安を小説風に書いていて、面白かった。

「気にしすぎですよ」と彼は笑った。「ケータイのソーシャルゲームを見てください。パチンコを見てください。あるいは、ネット上の知名度で商売している人たちを見てください。自分の頭で考えよう、独立国家を創ろう、ソーシャルメディアで一稼ぎしよう、ニートになろう……。みんな、同じじゃないですか。頭のいい人たちがバカを煽って儲けている。哀しいけれどそういうモノですよ、世の中って」

「自分の頭で考えよう」の人はこのブログ。
なぜ昔は、学歴も年収も低くても結婚できていたのか - Chikirinの日記

データを見る限り、1970年代までは男性はほぼ全員結婚できており、年収が低くても学歴が低くても結婚できていたはずです。

昔は収入が右肩上がりと決まってたからだそうです。

今、30代から40代の女性の中には、母親から「これからは女も勉強すべき。手に職を付けるべき」と強く吹き込まれて育った女性も多いのです。
そこには、「女のくせに勉強なんかしたら“もらい手”が無くなる」と脅されて育ち、20代前半にそそくさと結婚させられた母親が、娘の教育に込めた“自らの人生への想い”が、表れているのです。

あれ最初見た時とオチが変わってる。
それだけじゃないけど、そういう人も多いだろうと思う。若い時に働きたいのに働きにいけず、離婚して独立する人とか。逆に、専業主婦の妻が厳しくて、何を買うにも妻の承諾がいておびえながら生活してるとかあるよね。

「独立国家を創ろう」の人はこれ。


日本で生まれると国の教育や環境でそれが幸せだと思わされるだろうね。でもそれだけじゃないから、幸せなど一律じゃなくて人それぞれだから、精神が病んだりするんじゃないかと思う。

ソーシャルメディアで一稼ぎしようっていうのはいっぱいいる気がして、特に誰かは思いつかなかった。

ニートはこの人。
modern fart | 「何歳まで生きますか?」phaさんに聞く【前編】
modern fart | 「何歳まで生きますか?」phaさんに聞く【後編】
らもさんが好きなんですね。

その後、元の記事では私も前回書いた就職して激務で体壊した女性のブログが触れられてる。
働いて成長しないとならないと真面目に努力してたんだろうと思う。でも限度ってものがある。個人の管理だけではどうにもならない事がある。上司に指示されて、経営者に雇われているから、いわゆる社畜とかいうやつで。外から見たら明らかにおかしい事を、会社の中では正しいと思わされてしまう。

楽しく働こう、しあわせな人生を歩もう。街にはそんな宣伝が溢れている。けれど、そういう宣伝を打っている会社の“中の人”も、結局は一人の人間だ。自分の人生を歩むことに必死で、フリーターたちの人生に心を痛めるヒマはない。

転職でキャリアアップできないと収入が下がって食えなくなる。一度落ちたら難しいみたいな世の中だというのが、生きづらいと思わせる原因なのかも。
宣伝、つまり雑誌や本だって、ネットの記事だって「お仕事」でやってる。まともに全部信用してとらえることはないと思う。
無理な努力をすることはないと思うけど、適度に努力して今いいと思うことをベストを尽くしてやればいいんじゃないかなと思う。途中でこの努力の方向間違ってるなーと思ったら考え直せばいいし。
成長しないとならない、と思い込むことから離れて、自分の毎日と将来が楽しく、辛いことのないように少しづつ努力を積み重ねていこうと思う。

あと最近、気になった記事はこれ。
ソーシャルメディアとうまく付合っていく | MGの日記。
2,3年前には、ソーシャルメディアで繋がって露出社会になるとブログで提言して、社会人からフリーになってtwitterでも発言して、ネットメディアでもインタビューを受けてたりした方が、だんだんtwitterで情報を流しつづけるのはどうか、潜って活動したほうがいいのではないかと言い出して(たしか私の記憶だと)結局twiterを辞めたらしい。Facebookは見てないので知らないけど、あとたしかサイトでビジネスを立ち上げてたようなのを見た気がするけどどうなったのかなー。
こうやって、自分の考える方向を修正していくのもいいと思った。

いかに、自らをキャラ化することに距離を取り、着々と自分の道をぶらすことなく、歩んでいけるか、とても重要な技となっていくだろう。

私は賢くないから、この記事の意見を正しく理解できないかもしれないけど、一貫した個人が(実名であれ、芸名であれ)ブログやtwitterなどで発言するのは、近しい人だけじゃなくて、誰にでも見られる。別にソーシャルメディアだけに限らずブログやネットメディアで発言してても同様に。これを意識して、どういう影響が及ぶかを考えて何を書くのかを選ぶ必要があると思う。一度ネットに書いたものは基本取り消しはできないのだから。
夢を叶えるとかいう言葉はあまり好きじゃないけれど、自分がどうありたいか、何が心地よく楽しいことなのか、ただ起きた出来事や思ったままをネットに書くのではなくて、ネットを通さずに自分と向き合って思考する時間を大事にしたいなと、最近思っています。

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