もうすぐ最終回だ。松さん。

こんなに最終回前に1週間ずっと心つかまれて考えさせられたアニメでも、ドラマでも物語でも、あまりたくさん見てないが、わりと大人になって初めてなのかもしれない。学生の時に毎週ジャンプ見てたときどうだったか?

それでわりと始まった時よりも予想以上に反響が広がったみたいで、アニメ銀さんのギャグネタがもともと好きだから見始めたっていうのがあったし、声優さんがそんな大人気主役級ばっかりだったのもあとから知ったし。

realsound.jp

この記事読んで、分析がすごい的確だなーと思ったんだけど、だから多くの人が心掴まれてるんだなっていうのが。
それでもそんなにはっきりした言葉でずばっと言われると、言葉にされると現実が、フィクションじゃないこの現実の過酷さっていうのを突きつけられた気がして、それが辛い。

脚本の松原さんや監督さんはそこまで意図して制作してるとは私は思えなくて、ただ面白いことやろうって作ったら結果こういうものができて反響が予想以上にすごかったっていう気がする。

それでも若い女子のファンとか、多いけど心掴まれなかった子もたくさんいるし、好きになったポイントも様々違うんだと思うけど、心掴まれてしまった子や、ひそかに好きな男性もいっぱいいるだろうし。そこがなんなのか。それが、作中でいうところのカースト上のほうの人々じゃない、共感できないっていう思いをもってるからなんじゃないかなと思った。

最近またもやもやとして考えてたことが。生きづらさとか。
でも不安はあるけどそれはそれでおさめてくしかないじゃんという落とし所はあるけど。

3月だから、新年度になる時期で、社会人になったりする。保育園に入れないっていう問題がある。じゃあそこは何が問題かっていうのは。
分断なのかわかんないけど、保育園入れない困ってるという意見が出てると、結婚したからでしょ、じゃあ独身で結婚してないほうが不幸だからねっていう意見が出る。稼げないから結婚できないよねっていう意見があって。
前から大げさにいうけど陰謀論だって、オカルト的な意味合いじゃなくって、うまくいえないけど老人で資産があるような上流の人たちが、思い込んでる正しいことっていうような?
こぼれおちた、はぐれてしまった人たちは多くて苦しんで傷ついて、だからDVとか起きて、集団のなかでいじめとか、極端になると死んだり殺したりしてしまう。
従来で正しいと思われてたところに、あてはめようとすると無理がある。

自分が思うのは、他人に支配されない、自分の意思で生きて行くこと、それには現実で働いて稼がないとならないと考える。
一人で稼いで生きて行くことが困難になるくらいにしか稼げない。

経済的な効率が「正義」とされる現実の職場では、往々にして個人の有用な部分だけが利用されてしまう。感情も思考も必要とされない歯車として「誰が誰でもおんなじ」人間になることを強要されるのだ。兄弟の中で唯一、かすかに女子達とのパイプがあるトド松が、苦心して参加することに成功した合コンでも、彼は有用なものを「何も持っていない」ことで孤立してしまう。ここでは金、車、学歴などでしか人間の価値を判断できない社会の限界と、若者の自意識の高さとの埋めることの出来ない落差を描いている。

トト子ちゃんの婚活話も、大げさにギャグにしてるけどかなり現実にはせまってるものがあって。
橋本にゃーはどうなるのか最終回に出るのかわかんないけど、もし現実だったら出産してから離婚して芸能界に戻ってくることがあるあるだから。稼いでいけるから。
長時間労働で休みがほとんどないような労働者が、それでないとこの現実では生きていけるだけの稼ぎがもらえない。そしたら女性が出産してそのままできるかっていうとできないほうが多いし、できてるならなんらかの条件があってそれはゲームでいうと初期値とか運とかそういうの。
体壊してドロップアウトしたらそのまま戻れないし、介護とか発生してもそうだし。

しかし、ギャップに戸惑う若者には同情すべき点もある。本作における、大富豪となったハタ坊のように、なんだかよく分からない人間が、よく分からない仕組みで富と権力を独占している格差社会のなかで、「就職をすること」、「結婚をすること」が困難になってきていることは確かだ。その上、世間からは「経済に貢献しろ」、「結婚して子供をつくれ」という見えない圧力をかけられている。不利な状況にある多くの若者にとって、それら期待に応えることは、いわゆる「無理ゲー」になってきているのである。であれば、「俺達はそのゲームから降りるよ」という態度が、六つ子達のニートな生き方なのだ。それは「人並みの幸せ」という、かつて信じられていた概念にきっぱりと背を向けることで、格差社会の歯車になることから自由になることを意味している。同時に、以前ほどには若者達を正当に承認してくれない世の中、家庭を持つことすら困難になってしまった社会への精一杯の反抗であり、ささやかな復讐でもある。

松原さんと監督さんがどういう経歴で家庭なのかはよく知らないんだけど、この映画ライターさんが指摘したような意図をそのままでもって作ってるってわけじゃないんだと思うし、今ここで楽しいものを作ろうとした結果こうなったんだと思うんだけど。こういう思いをかかえてる人間がいるこの現実で、暖かさっていうかなんていうか、こっち側だよっていう目をむけてくれているような。
仕事としてアニメ作って稼いでるっていうのが実際にはそうだけど、世界からこぼれおちて死んでしまう人たちがたえないこの現実で、その過酷なところから、反抗というか希望というか、それでも生きていってほしいという気持ちというか、それが作品となっているのかも。夢中で笑って見てきた漫画とかアニメとかバラエティコントとかそういうのをやりたいっていう。
どう終わらせるのか一区切りつけるのか、ぽかーんと置いてけぼりされるような気もするけど、笑い飛ばしてくれたらいいなと。
そういうのって、私にはオーケンが書いてる作品にも通じるように思っている。「シネマタイズ」の歌詞とかがそんな感じで。

陰謀論陰謀論
こうなってるのはなんか上の方の力が働いてて、辛い思いをしてる。

VERY妻になりたかった母の死から学んだこと |AM

盛ってる感じがだいぶするが、ひどいくそ親は世の中多くいるので珍しくもない。やっぱだめ理解はするけど好感もてない。もっと真剣な感じで訴えてほしいけどのってるメディアがこういうのだし。

母も祖母が死んでほっとしたと思うしあとは穏やかに暮らしてほしい。

やっぱ生きるべきじゃない現実だなってこういうのを見ると思うんだけど、好きなものがあるからそれが引き止めている理由である。

考えすぎのようだ。なんとか生きていける。
老けて、努力もあきらめて。
何か発言して、主張したとしても、持つ持たざるで、例えば結婚してることで、独身なんだからおまえなんか死ねと言われたら、私はくじけてもう何も言わない。
結婚して子供がいるからといって幸せとは限らない。逆で一人暮らしでもそうだし。どんな環境でも。
生まれたところで持ってるものでどうにか生きるし、死ぬんだよね。
人々は、身を守るために他のことを攻撃したり否定したりする。迷惑だと思うことを避ける。
陰謀論かもだが、一部の階層にその下全てが搾取さらて操作されているような感じ。一部の人間だけが裕福であればいいということで、他は苦しんでいる。
もう自分は誰からも好かれないが、自分が他の何か様々なものを好きになり、それを愛でたり楽しんだりすることが、生きていくための糧である。

14日のライブ行けて良かった。インフル大流行だから行けなくなるかと不安だった。仲間の1人はインフルじゃないけど風邪こじらせて行かれなくなってしまったしで。
ライブの楽しいのが終わって、その他の普段の生活をでは、だいたい1人で考えてるのは生きるのしんどいとか仕事いやだとか帰って寝たいとか。
松さんとかウォッチとか、アニメ楽しいのではまるのに救われているのかもしれない。
世間のニュースはつらいことばかりで、なにもかも諦めてる。世の中良くならない。
陰謀論じゃないけど(笑)マイナンバーとか。
移住とかしないし、このまま崩壊なのかなと思う。
一部の人間だけが裕福でそのほかは搾取されるということだった。
自意識なんて今朝見たアニメの一松みたいに(笑)埋められてる。
美人でなくクリエイティブな才能もなく歳とったら価値がないみたいなので。
死ねばいいんだよね、て思うからわかるけど、病気かかからないことが幸せで、ハードルは下がりに下がっている。まあ死ぬわけにもいかないので、いま楽しめるものを楽しんで。

最近RTのRTかなにかで、生きてくのがしんどいし努力しなきゃ生きてけないのなら生きるのあきらめたい、みたいな趣旨のつぶやきがあった。

女性誌だと、若い子向けだとこれがモテるとか、ヤングママ向けだと赤ちゃんや幼児とパパとこういう素敵ライフスタイルとか記事あるけど。
もっと年齢あがると夫が浮気してあたりまえと思ってるとか家をかえりみないとか、昔からよくある話。
さらにもっと上になると、夫が定年して家にずっといて食事の支度もなにも手伝わないし自分でなにもしない、デイトレしてて妻が外から帰るの遅いと機嫌悪いとかそういうのになってくる。

「専業主夫との結婚」という選択肢 :日本経済新聞
読んであーあのライターかーと。よく出てくる。
だって夫が年収低くても長時間労働というケースもあるはずだよ。妻は出産したら正社員で続けるの難しいしやろうとしてもできなくなっちゃう、親の介護とかはいるケースだってあるだろうし。

俺を養わないかー(笑)カラ松だー。

結婚するにしてもしないにしても、生きる努力はしんどい。
楽しみがないと、どんなことにせよ楽しみを奪われたくない。

結婚しなきゃならないとか、出産しないと人間として劣ってるとかいう観念っていうのは、昔の人間の、老人で資産とか権力とかある人々が自分たちの都合のいいように操作してる社会である。

あさいちでやってるストーカー男とかDV夫とかこわい。つかまらないよう逃げろ。一人で稼げるようにならなければ。ともし娘がいたら教えたいし、娘いないから息子にはクソ男にならないようにしなければ。
政治家とかの世代の老人男の考えはかわらないからあきらめる。何十年かわかんないけど何百年かごには死ぬし。
人口増えようが減ろうがしらない。
話題になってる夫婦別姓とかもそうだし。
(3ページ目)『あさイチ』でイノッチが「夫婦別姓」反対派の主張を一蹴! 安倍首相も日本会議もぐうの音も出ない正論|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見

もちろん、安倍首相をはじめとする右派・保守が夫婦同姓に異常なほど執着するのは、全体主義国家への回帰を志向し、家制度、家父長制の復活を望んでいるからだ。国際的にみれば選択的夫婦別姓同性婚といった女性、性的マイノリティの権利や自由を守る方向に進んでいるが、彼らはそれとはまったく逆を向いている。
「女性の活躍」と言いながら、働く女性の利便性を高める選択的夫婦別姓を安倍首相は何が何でも認めないはずだ。

記事にあったこの家制度とか家父長制とかが原因だってこと。そんなのにとらわれてそれがいいと正義だと思い込んでるひとたちがいるから、思い込んでる人もそうじゃない人も沢山の人が苦しんでいる。
苦しまないように自分は逃げる。

そこは、通貨がある。それが価値を交換するもの。
通貨があれば別のものと交換できる。買えるということ。
通貨を稼ぐには、それだけの稼げる能力がないとならない。自分にはこれだけしか稼げない。これでは生活していけない。若いときに無理をしてたときの財産を削っている。底をつくのはそう遠くない。
通貨によって人はおかしくもなる。だからもうおしまいだと思うし、ゆるやかにしぼんでいきなくなる。できれば平穏に健康でいたいと願う。